アクセスカウンタ

Google Page Rank


ABOUT ME

  • 浅草出身、現在、長野県諏訪在住。かみさんと二人で、ほそぼそと暮らしています。

« 息子の独り暮らしの準備。 | トップページ | 俺の家から、息子が巣立っていきました。 »

2010年3月30日 (火曜日)

息子と二人旅の顛末。

27日土曜日から29日月曜日。

息子と二人旅をしてきた。

しかし、観光では無い。

息子が新聞奨学生で働く新聞店に挨拶に行ってきた。

それに、息子は、日曜日に奨学生の研修があった。

_

家から、新聞店の最寄りの駅まで、4時間ぐらいかかった。

長野県の諏訪から東京なのだが、かかるものだ。

俺と息子は、意識して話す事も無く。

それでも、意識して話さない事も無く。

実に自然だった。

_

最寄りの駅に着いて、しばらくして、新聞店長が来た。

原付バイクに、たばこをくわえながら、迎えに来た。

ちょっと、ガラが悪いかなぁというのが、第一印象。

話があるからと、ファミレスに誘われた。

なにしろ、よくしゃべるオヤジさんだった。

話を聴いているうちに、言いたい事がわかった。

オヤジさんとしては、日曜日の研修の翌日。

つまり、月曜日から働いて欲しかったらしい。

息子とオヤジさんは、電話でやりとりしていた。

その中で、はっきりと伝わってなかった。

そこで、息子が、今日は挨拶だけだと言った。

そしたら、だんだん、オヤジさんがエキサイトしだした。

夜具を送れと言ったのに、どうして送らないのか。

とか。

いつから働くつもりなんだ。

とかだ。

俺の営業の経験から、この場合の処し方はわかる。

しゃべるだけしゃべらせて、一息ついた所で反撃だ。

もちろん、丁寧に言葉を選んで。

俺は、今日来た理由を、ゆっくりと述べた。

息子がお世話になるので、挨拶をするのが第一義。

あと、いつから働きに来たら良いのか、情報が無かった。

それを、店長本人に確認したかった。

それから、息子が住む所を確認したかった。

それによって、送る物が変わる。

しかして、夜具を送らなかったのだ。

奨学会から送ってきた資料に、引っ越しの援助があった。

それほどの事なのかどうかもわからなかった。

そういうような事を言ったら、オヤジさんの顔が和らいだ。

なるほど、そうかという感じだ。

しかし、そうは言っても、オヤジさんの都合があるだろう。

諏訪に帰ったら、すぐに、夜具と着替えを送る。

それから、息子については、4月1日に上京する。

その様に提案したら、オヤジさんは納得してくれた。

_

息子が住む所へ連れて行ってくれた。

新聞店住み込みだと思っていたら、アパートだった。

新聞店に住み込みスペースが無いからだそうだ。

息子の部屋は、四畳半。

トイレは共同、風呂は無い。

流しは、トイレの手洗い場程度だが、水が出ない。

廊下の突き当たりに、共同の流しがあった。

ガスの元栓はあったが、使う人はいないそうだ。

風呂は、近くに銭湯があるとの事。

新聞店にシャワーがあるので、使って良いとの事。

_

俺としては、なんだかやるせない気分になった。

俺がだらしないから、息子をこんな目に合わせてしまう。

しかし、息子を見たら、なかなか満足そうにしていた。

彼にとっては、上出来らしい。

不憫だと思うのは、親のエゴだという事に気が付いた。

だよな、と思いながら、息子の城を見まわした。

_

その後、新聞店に行き、しばらく仕事について話した。

帰り、浅草の実家に行くと言ったら、駅まで案内してくれた。

来た駅より、こっちの駅の方が便利だというわけだ。

新聞店長のオヤジさんは、優しい人だ。

安心した。

_

銀座線で浅草に到着した。

次の日、都営浅草線に乗ると息子が言う。

だから、その入口まで案内してやった。

それから、実家へ向かう途中で、東京スカイツリーが見えた。

東京スカイツリーは、向島に建設している。

浅草とは、隅田川をはさんで、向こう岸だ。

_

P1000001

_

実家へ行ったら、母が向かい入れてくれた。

父は既に亡くなって、一人暮らしである。

会うのは、二年ぶりに近い。

めっきり老けこんでいた。

でも、思っていたより、元気だった。

後で、妹に聞いたのだた、暖かくなって元気になったそうだ。

カレーを作ってくれていた。

久しぶりの母のカレーライスは、すごくうまかった。

それを母に言ったら、

「そうかい」

と、言いながら、うれしそうに照れていた。

_

俺たちが到着する前に、弟が来たそうだ。

弟は、千葉県に住んでいる。

息子にお祝いをくれた。

息子は、早速電話して、お礼を言っていた。

そして、俺に電話を渡してくれた。

奨学会の保証人に快くなってくれた弟だ。

お礼方々、いろいろと報告をした。

_

実家の居住スペースは狭い。

俺たちが泊まった部屋は、二人寝たらいっぱいだ。

しかも、片方はベッドだ。

俺は、息子に、ベッドを使わせてやった。

息子は、先に眠ってしまった。

俺は、息子の寝顔を見た。

息子は、小学5年まで、夫婦の間で寝ていた。

その寝顔は、大人びたものの、変わらない。

俺にとっては、あどけない息子の寝顔だった。

_

次の日、日曜日は、息子は奨学生の研修に出かけた。

俺は、テレビを見たり、宅建の参考書を読んだりしてた。

午後に、近くに住んでいる、12歳下の妹が来た。

俺の事を心配してくれている。

それに、息子の事も、思ってくれている。

何か生活用品を買ってやると言ってくれている。

それについては、いずれお願いすると言っておいた。

妹の旦那さんは、うつ病で、会社を辞めた。

ずいぶん前の話だ。

ところが、仕事が見つかったらしい。

ハロワでは見つからなくて、ひょんな縁かららしいが。

でも、良かった。

俺も、そううつ病で、会社を辞めたので、気にしていた。

俺は、いまだに、失業者だが。

_

月曜日、朝に出発した。

母に、体に気をつけてと言って、実家を出た。

あたりまえにように生き続けてくださいと、念じた。

_

帰りの電車内では、送る荷物の事について、相談した。

運送屋については、かみさんに手配させてあった。

とにかく、布団に着替えの服とか下着を入れて送る。

あと、持って行きたい物は、自分で荷造りしろ。

そういう事になった。

小淵沢駅までたどり着いて、次の電車まで50分。

息子に言った。

「さて、三択です」

時刻表の掲示板を見ながら、

「あと50分待って、電車に乗って、信濃境から3Km歩く」

そして、息子の顔を見て、

「それとも、ここから5Kmちょっと歩いて帰る」

それから、ちょっとだけ、目をそらしながら、うつむいて、

「タクシーで帰っちゃうかどうかだな」

息子は、即答した。

「疲れてるんなら、しょうがないけどね」

俺の顔を見ていて、言った。

「経済的には、歩くのが一番だよ」

ほう、なるほど、座ってきたし、疲れてないや。

「うん、じゃあ、歩くか」

「うん」

良い判断だけど、やっぱり、いささか疲れた。

途中、休ませていただいていたら、雪が降ってきた。

風が強くて、横殴りの雪の中を歩いて帰った。

家に着いてから飲んだ、あったかいコーヒーがうまかった。

_

俺は、使ってないノートパソコンを持っている。

以前、仕事で使っていた。

ただし、ぼろぼろだ。

出張に持って行っているうちに、そうなった。

キーボードが壊れているので、外付けを使っている。

CDドライブが壊れているので、外付けを使っている。

スピーカーも外付けである。

およそ、ノートパソコンとは言えないシロモノだ。

でも、不思議と、動作は軽快なのだ。

XPだけど。

それを全部息子にあげた。

学校の、ワードやエクセル文書作成に役立つだろう。

ゲームだって、いろいろ集めたのが入ってる。

CDだって聴ける。

DVDは、何故か映像が出ない。

どこか探せば、エッチな写真だって入ってる。

インターネットは、つなげられないけど。

なにしろ、四畳半で、息子が寂しくないように、あげた。

_

今日は、布団と服を送った。

1日に着くそうだ。

息子が、1日に行くから、まあ良いだろう。

息子は、荷造りで大騒ぎだった。

でっかいリュックとか鞄に、いろいろ詰め込んでた。

「重い!」

っていう声が、息子の部屋から聞こえた。

かみさんに様子を見に行かせた。

帰ってきて言うには、

「マンガの本、詰め込み過ぎなのよ」

笑った。

「それで、後で送ってあげるからって言ったのよ」

二人で笑った。

俺も様子を見に行って、

「持って歩ける荷物にしろよな」

と、声をかけたら、息子も笑った。

_
ぽちっと、応援クリック、お願いします。
_
ブログランキング・にほんブログ村へ

« 息子の独り暮らしの準備。 | トップページ | 俺の家から、息子が巣立っていきました。 »

コメント

ジンと来た

いつか、俺も娘とそんなふうに、しばらくの別れを味わうんでしょうか・・・
そんな事想いました・・・

こんばんは。
息子さん、とうとう旅立ちの日が決まったんですね。
家で荷物をまとめているときは、まだ気持ちは大丈夫だと思います。
家を出るときも、まだ少しだけ大丈夫だと思います。
アパートに着いて荷物を片付けるとき、泣けてくる…これ私の体験です(笑)
無事に着いたって連絡するとき、涙が止まらないんですよねぇ…。
みのちゃん、奥さま、そして息子さん☆
いい旅立ちになりますよう祈っています!!!

みのちゃん、おかえりなさい。
先日の週末は、東京のどこかにみのちゃんと息子さんが来ているんだろうな!なんて、ふと、考えました。
これから息子さんが住むアパートを見られたんですね。
小さくても息子さんにとっては、自分のお城ですよね。
家の子は自宅通学ですが、自分の学生時代のことを、ふと思い出しました。
最初は寮で二人部屋だったなぁ~、とか、就職して一人暮らしを始めた時も、小さな部屋で、電気製品は月賦で買って、毎月少しずつ支払っていたなぁ~とか…。
今となっては、良き思い出です。
息子さんもこれから大変なこともあるでしょうけれど、応援してくれている人がいることがわかっているから、きっと、願生れると思います。
みのちゃんは、寂しくなりますね。

みのさん、お疲れさまでさた。自分も大学の時、5畳、共同トイレ、共同キッチン、風呂なしでした。キッチンが、洗面台代わりでした。夏場は、みんなキッチンで頭を洗っていました。23年前ですが、ボロアパートでも楽しかったです。

電子レンジがあれば、料理はできるので、一人暮らしには、電子レンジは欲しいですね。

今日は,久し振りに長い文でしたね。
でも,心がこもってた。
人生って,本当に「山あり谷あり」ですね。
私も,今年は「谷」になりそうです。
でも,みのさん一家のことを考えると,1年間頑張ろうと心に決めました。

みのさん,息子さんは大丈夫ですよ。これまでのみのさんのブログの(息子さんに関する)文章を
読むと,そんな感じを強く持ちます。

やはりいい旅でしたね

店長さんとのやり取り
下手をすると大喧嘩になってたかもしれないのに
冷静なみのちゃんに 感服しました。

それを黙って聞いていた息子さんも
対処方法がわかったかな。

お疲れさまでした。
店長さんが良さそうな人で良かった,本当に良かった〜それが心配でした。
これから息子さんは夢に向かっていくんですね。
息子さんに、いっぱいのエールを送ります。
ファイト、ファイトみのちゃんの息子さん。

   応援

何もしなくても時間は経過し
何かをしていても時間は誰にも平等に過ぎて行きます。
今が、どんどんと過去になって思い出となって残る訳ですが
みのちゃんは今年、いろいろな事が詰まった年になっていますね、
モアちゃんと息子さんと住んできた家と…

奥さんと出逢った時に戻って、これからも二人、元気で暮らして欲しいです(*^_^*)

みのちゃん こんにちわ

明日、上京ですね。

息子さんにとっては
未来に向かっての旅立ちです。
笑顔で。。。

タ~さん、コメント、ありがとう。
そう、いつかね、巣立っていくんですよ。
だから、今の、ひと時を一つずつ、大切にしてくださいね。

sakura-sunsunさん、コメント、ありがとう。
アパートに着いて、ふっと一息ついた時、感情が湧きあがってきたんですね。
わかりますよ。
良い旅立ちになるように~ありがとう。

ナンさん、コメント、ありがとう。
俺も、独身の頃の思い出、思い出しています。
独身寮の頃とか、アパートに住んでる頃とか。
懐かしいですね。
はい、正直言って、寂しいですけど、息子を応援しなくちゃね。

なりけんさん、コメント、ありがとう。
ぼろアパートでも、楽しい思い出になるんですね。
息子にも、そうなってほしいと思います。
電子レンジですかぁ、そのうち、買って送ってあげようかな。

あしたは晴れさん、コメント、ありがとう。
息子、だいじょぶそうですか、俺も、そう信じています。
今年は、谷ですか。
たぶん、俺も、どんぞこです。
でも、次は、山を登らなくちゃね。
お互い、願生りましょう。

pipiさん、コメント、ありがとう。
はい、なかなか良い旅でした。
あの場合、途中で口をはさむと、ややこしくなるので、全部言いきらせるのが良いんですよ。それから、こちらの言い分を言えば、冷静に聴いてくれるんです。
息子、わかったかなぁ、これから、いろいろ経験すればわかると思います。

nicoさん、コメント、ありがとう。
息子へのエール、ありがとう。
店長は、優しい人ですよ。
良かったです。
ただ、優しさと、仕事にまじめなあまり、口うるさいというわけです。
ま、それも、良いんじゃないかなと思っています。

ワカメパパさん、コメント、ありがとう。
そうですねぇ、今年は、いろいろ、まだまだ、あります。
家がどうなるのか、今、さっぱりわからなくて、どうにでもなれという感じです。
かみさんと二人でいれれば、それで良いやって思っていますよ。

姫さん、コメント、ありがとう。
笑顔でね、もちろんです。
日曜日、ヒマを持て余してる時、姫さんに会いにいく事にしておけば良かったって思いました。
隅田川の向こうにいるのに、残念でした。

挨拶に行って良かったですね。
私が社長の時は寮生の親御さんは誰も来ませんでした。

その時々ですが6畳に二人でした。
1DKにそれなりのキッチン、ガスコンロ、風呂、トイレ、洗濯機付でした。
元々、中国の研修生のために建てた家でしたから。

DKも6畳強でしたから皆、満足をしていました。と自分では思っています。
食事も私たちと同じものを食べさせていました。

今は時代も変わりましたからね。
でも一人で四畳半は良し。ですね。

みのちゃん お帰りなさい。
頼もしいですね。
息子さん!!
心配でしょうけど やっぱり応援。
親はそれしかできないね。
何かあれば 自分だけで解決しようとせず
親にもこぼしてほしいですね。
きっと 頑張っちゃうんでしょうけどね。
お疲れ様でした!
(*⌒-⌒)v

桜光雪さん、コメント、ありがとう。
社長さんでしたか、先日、寮母さんと書いてしまいました、失礼しました。
一人で四畳半は、充分な城だと、俺も思います。

るんちゃん、コメント、ありがとう。
そうですねぇ、もう、手をさしのべられる事は、少ししか無いと思います。
応援しかないですねぇ。

みのちゃんっ、
いつでも会おうと思えば会えますよ(^^♪

今頃 
息子さんは元気に旅立っていった頃かな。

今夜、クリスマスの約束再放送ね。。。

姫さん、コメント、ありがとう。
それじゃ、いつか、会えるのを楽しみにしています。
息子は、旅立ちましたよ。
クリスマスの約束、了解、観ましたよ、良かったー教えてくれなかったら見逃す所でした。
ありがとね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136516/47951239

この記事へのトラックバック一覧です: 息子と二人旅の顛末。:

« 息子の独り暮らしの準備。 | トップページ | 俺の家から、息子が巣立っていきました。 »