アクセスカウンタ

Google Page Rank


ABOUT ME

  • 浅草出身、現在、長野県諏訪在住。かみさんと二人で、ほそぼそと暮らしています。

« お坊さんでもないのに、仏教について語ってしまいましたが、所詮うすっぺらです。 | トップページ | ココログが何をやらかしたか知らんが、いきなりブログが縮んじゃったので、仕方なくテンプレートを変えたら、意外と気に入ってます。 »

2012年4月18日 (水曜日)

かみさんか俺が死ぬときに、ありがとう幸せだったと、言い合えるようにしたいのです。

俺は、双極性障害(躁うつ病)のラピッド・サイクラーだ。

ラピッド・サイクルというのは、躁病とうつ病の切り替わりの期間が短い事を指す。

つまり、非常に不安定だという事だ。

1ヵ月前にメンタルヘルスの医師が処方してくれたジプレキサによって落ち着いている。

うつになる事が無くなった、つまりラピッド・サイクルでは無くなった。

少し躁の方の状態ではあるが、ひどくはならない。

まったく、良い薬である。

_

俺は2007年に発症しているから、病歴、あしかけ5年になる。

その間、休みがちだったので、会社に迷惑がかかるから、辞めた。

金が無いから、愛車をローンの会社に取られてしまった。

息子の進学先の学費を出してやれない状態になった。

息子は、新聞奨学生の道を決意してくれた。

思い入れのある持ち家を、競売で安く売られてしまった。

そして、今、たまにありつくアルバイトや障害者年金で、アパート暮らしだ。

_

その間、ひどいうつの時があったし、ひどい躁の時があった。

でも、かみさんは、笑顔で話しかけてくれ、にこやかでいてくれた。

それが、俺にとって、どんなに救いだったか。

特に躁の時は、眼さえ怖いから、かみさんは怖いはずだと、コメントされた事がある。

なるほど、そうかもしれない。

でも、かみさんは、笑顔でいてくれていたのだ。

特に、うつの時は、かみさんが話しかけても、ろくに返事ができないし、しない。

それでも、かみさんは、話をやめない。

もしかしたら、かみさんは、鈍感なのかもしれないと思う。

かみさんは、病気の事は、まるでわかっていない。

ただ単に、俺は精神を冒されているのだと思っていると思う。

しかし、気を使って、笑顔だったり、話しかけるわけじゃないのだ。

良い意味で、天然なのだ。

それが、俺の救いになっているというわけだ。

_

かみさんは、2番目の女だった。

といっても、複数の女性と付き合っていたわけではない。

若いころの事だ。

前の彼女と別れて、数か月、そろそろ彼女がほしいと思った。

会社の中に、仲良しで、くどけば簡単に彼女になる女性はいた。

でも、好みじゃ無かったのだ。

そこで、会社の友達や同僚やパートさんに到るまで、宣伝した。

彼女がほしいと、紹介してくれと。

そしたら、5名が申し出てくれた。

_

一人目の女性は、会社に入って来る保険会社の営業の人の紹介だった。

1度デートした。

かなり大柄の女性だった。

病院に勤めていて、準看護師だった。

性格の良い方だったが、大柄すぎて、身に余ると思って、後日断った。

_

それで、2番目が、今のかみさんだ。

パートのおばちゃんに紹介された。

1度、デートした。

来るまで、ぐるぐる、あてもなく走った。

今度は、小柄だが、どうも、あまり頭が良さそうに無い。

いわゆる、天然な女の子だった。

あと3人いるしと思って、後日、断わりの電話を入れた。

ところが、相手が、とても気に入ってくれたらしく、断わりを断られた。

こうなると断りにくく、しぶしぶ、お付き合いをする事になった。

_

かみさんとは、4~5年、つきあっただろうか。

相手の親御さん達は、じれてきたらしく、いろいろな罠を仕掛けてくるようになった。

一番すごいのは、赤のシースルーのネグリジェである。

ある夏、夏休みが出張工事でつぶれた俺は、長い代休を取った。

その代休を利用して、かみさんと松島へ旅行した。

さて寝るかと思った時、かみさんの姿を見て、驚愕した。

ついさっきまで来ていた浴衣が、赤のシースルーのネグリジェに替わっていたのだ。

しつこく訊いたら白状した。

義母が持たしたのだそうだ。

俺は、観念した。

その場で、

「結婚しよう」

と、伝えた。

後日、かみさんの家に、夕飯をごちそうになりに言った時だ。

義父に、言われた。

「うちの娘と、結婚してくれるんでしょうねえ」

「もちろんですよーあはは・・・」

という感じだったと思う。

婚前旅行したという既成事実を逆手に取っての、逆結婚願いである。

_

かみさんは、俺の宝物を産んでくれた。

息子だ。

息子がいて、成長していって、どんなに俺の人生が楽しいものになったか。

息子は、今、東京で、新聞配達をしながら専門学校に通っている。

子育ては終わった。

かみさんは、俺をささえてくれている。

ふと、考えた事がある。

若いころ、いろいろな女性と付き合った。

俺は何度か転職した。

あとは、上述したとおりだ。

俺が病気になって、どんなに怖かったか。

お金が無くて、どんなに心細かったか。

都会から田舎へ付いてきてくれる女性がいたか。

耐えられる女性がいたか。

支え続けてくれる女性がいたか。

否だ。

やっぱり、かみさんしか、いない。

_

今、幸せか?

そう訊くのが、怖い。

幸せなわけが無いと、俺は思っているからだ。

今、不幸か?

これは、訊ける。

不幸じゃないと答えるだろう、かみさんだったら。

お世辞抜きでだ。

だって、一緒に、暮らせるものね。

俺も、君がいてくれれば、不幸じゃない。

どっちが先に死ぬかわからないけど、

ありがとう、幸せだったって、

言えるようにしなきゃな。

_

Aisatsu

_

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

_

オカリナを、もっぱら耳コピーで練習しています。

今日は、「また君に恋してる」を吹いてみました。

_

また君に恋してる
「matakiminikoisiteru.mp3」をダウンロード

Ocarina

_

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

_

今朝は、久々に寝坊しました。

昨晩、寝る前の薬に、いらいらしてたので、頓服剤を飲んだせいだと思います。

起きたら8時を過ぎていました。

起きだして、すぐに散歩に出かけました。

いつものように、アパートの前の小さな公園を一周です。

写真を何枚か取りました。

_

クリックすると、拡大して、見る事ができます。

_

八ヶ岳連峰

P1000001

P1000002

_

南アルプス連峰(奥の白い山は、のこぎり岳)

P1000005

P1000011

_

公園の桜

 

もうちょっとで、咲くと思うんですけどねえ。

P1000009

P1000007

_

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

_

ここでは、俺が大好きなビートルズの曲を紹介します。

また、そのカバー曲を、合わせて紹介します。

今日とりあげる曲は、「デイ・トリッパー」です。

1965年12月に発表された11枚目のオリジナル・シングル曲です。

カバーしたのは、イエロー・マジック・オーケストラです。

電子音楽で成功をし、その後の、世界の音楽のアレンジをがらっと変えさせました。

偉大な日本人の方々だと思います。

_

THE BEATLES
Day Tripper

_

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
Day Tripper

_

それから、YMOの曲で、俺が一番好きな曲を紹介します。

「ビハインド・ザ・マスク」です。

冒頭、ドラムスとベースが一緒に入る所が、どうにもかっこいいのです。

_

YELLOW MAGIC ORCHESTRA
Behind the Mask

_

それから、これまた、「ビハインド・ザ・マスク」を、すごい人がカバーしてるんです。

一人は、エリック・クラプトンです。

1970年代には、ロック界の3大ギタリストの一人と言われた人でした。

ちなみにあと二人は、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジと、ジェフ・ベックです。

今も活動していますが、非常に渋いおじさんになっています。

もう一人は、マイケル・ジャクソンです。

キング・オブ・ポップスと称賛された方ですね。

ロンドン公演の前の急死は、俺もショックを受けました。

_

ERIC CLAPTON
Behind the Mask

_

MICHEL JACKSON
Behind the Mask

_

ぽちっと、応援クリック、お願いします。

ブログランキング・にほんブログ村へ
_

« お坊さんでもないのに、仏教について語ってしまいましたが、所詮うすっぺらです。 | トップページ | ココログが何をやらかしたか知らんが、いきなりブログが縮んじゃったので、仕方なくテンプレートを変えたら、意外と気に入ってます。 »

コメント

赤のシースルーは、ばかウケです。大胆ですねぇ。ある意味、いいなぁ・・
所詮他人なのに一緒に居るうちに他人じゃあなくなる。めぐりあい・・かな。
夫婦ってだからオモシロイのですね。

でふさん、コメント、ありがとう。
そうなんですよね、他人なんですよね。
夫婦の事を、連れ合いなんて呼びますよね。
きっと、人生を連れ合って生きていくからだと思います。
やっぱ、おもろいですね。

素敵な奥様ですね。
奥様のネグリジェ作戦大成功でしたね〜
大きな宝もの二つもあるって幸せですよね〜

どんな時も笑顔でいてくれる人がそばに居てくれるって心強いですね。
わたしダンナが幸せだったかそれだけが知りたいとずっと思っています。

nicoさん、コメント、ありがとう。
それは、幸せだったことでしょう。
ブログを見れば、わかります。
あなたには、愛でる心がありますもの。

みのさん、こんばんは。本当に素敵なすばらしい奥様だと思いますよ。
私もこんな病気になってしまって(ラッピドではないですが、同じ双極性障害です)、だんなには申し訳ないと思っています。
だんなは口には出さないですが、たぶんいろいろ我慢してくれているんじゃないかな、と思います。
みのさんのところ、ほど良い夫婦で終わりそうにないですが、でも私はやっぱり、だんなには感謝しないといけないなあ、と改めて、今回のみのさんのブログ読ませていただいて思いました。
こういう病気って目に見えてっていうものではないから、余計に相手側てどういう気持ちなんでしょうね。
でも捨てずに一緒にまだいてくれている、ってことはありがたいことだと思わないといけないですよね。

みのさんふぁんさん、コメント、ありがとう。
その名前、なんとかなりませんか。
自分で書いていて、はずかしい(^_^;)
いえ、うれしいんですけどね、ほんとに。

おっっしゃるとおりだと思います。
特に、うつがひどいときとか、
躁がひどいときとか、
周りが観えないですよね。
連れ合いには、辛い思いをさせているんじゃないかと、
そう思うんです。
でも、我慢してくれているし、
明るくふるまってくれているって、
感謝しなければいけないですよね。
きっと、だんなさんは、あなたのことを、
ほんとに好きなんですよ。
いつまでも、仲良くいてくださいね。

嫁さんがいいのが一番大事。
よく眠れることが大事。
僕には友達がいた。
この3つの点が大きかった。

もうすぐ定年退職になる会社の人が私に声をかけてくれました。同じ躁うつ病とのこと。毎日昼休みにはテニスをしているくらい元気な人だから、全くそのようには見えない。どう話しかけて良いものやら、タイミングを1年くらい見ていたらしい。

みのさんには大事なものが揃っているから大丈夫ですよ。

エンリコさん、コメント、ありがとう。
俺には、友達ってのが、無いんですよ。
困ったものです。
かみさんだけが、大事って感じです。
でも、ビデオカメラを貸してくれた方。
友達になってくれるかなあ。
お願いしてみようっと。

やっぱりいい奥さんですね。
みのさんがうらやましいです。
うちの妻も病気になってから数年間はまだ笑顔があったのですが最近はないです。
息子が大学卒業したら別れると言っています。(T_T)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136516/54500637

この記事へのトラックバック一覧です: かみさんか俺が死ぬときに、ありがとう幸せだったと、言い合えるようにしたいのです。:

« お坊さんでもないのに、仏教について語ってしまいましたが、所詮うすっぺらです。 | トップページ | ココログが何をやらかしたか知らんが、いきなりブログが縮んじゃったので、仕方なくテンプレートを変えたら、意外と気に入ってます。 »