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  • 浅草出身、現在、長野県諏訪在住。かみさんと二人で、ほそぼそと暮らしています。

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2013年9月16日 (月曜日)

実家へ帰りました。

駅のホームで電車を待っていたら、4人組の女子高生が来た。

そして、俺の目の前で、あろうことか、地面にあぐらをかいて座った。

長野県の片田舎の解放感か。

それにしても、短いスカートで、パンツが汚れるだろうに。

それとも、見せパンなるものをはいているから良いのか。

そんな事で、おじさんの頭の中は、ぐるんぐるん回るのであった。


先週の、土日月曜日と、実家へ行っていた。

父の十三回忌の法要の為だ。

実家に行くのは、記憶をたどっても、10年ぶりだ。

電車を乗り継ぎ、浅草に着いた。

懐かしい香りがした。

東京には東京の、また、浅草には浅草の香りがある。

ビルの間から、ときおり見えるスカイツリーを眺めながら歩いた。


俺は、母を「おかあちゃん」と呼ぶ。

弟は、大人らしく、「おふくろ」と呼ぶ。

でも、おかあちゃんはおかあちゃんだ。


実家には、息子がやっかいになっている。

東京で新聞奨学生をして学校を卒業したが、就職できなかった。

だが、東京の方が就職に有利なので、東京にとどまる事になった。

今、息子はお台場で清掃のアルバイトをしている。


10年ぶりに見るおかあちゃんは、ずいぶん小さくなっていた。

バレーの試合をテレビで観ながら、いろいろと話をした。

この法要が終われば、いつ死んでも良いなんて言う。

そんな事言わないで、長生きしてくれと言った。


そうこうしているうちに、息子が銭湯から帰ってきた。

腕が太くなり、体がたくましくなっていたので、おどろいた。

3年間、新聞配達をしていたからだろう。


そこで、薬を持ってくるのを忘れた事に気がついた。

俺は、双極性障害(躁うつ病)だ。

寝る前の薬は、8錠ある。

精神安定の薬や、睡眠導入剤が含まれる。

眠れるか不安だったが、案の定、一睡もできなかった。


日曜日の朝、妹夫婦が、レンタカーで迎えに来た。

途中、弟夫婦を拾って、お墓がある千葉へ向かった。

妹や弟と会うのも、もちろん10年ぶりだ。

どちらも、それなりに歳を取っていた。

車の中は、にぎやかだった。

いろいろな話をしたり、冗談を言い合ったりした。

楽しい道中だった。


寺に着いて、法要が行われた。

読経の最中、椅子に座っていた。

だが、椅子が固くて、尻が痛くて閉口した。


お墓に移動して、読経してもらいながら、線香を焚いた。

手を合わせた。

おとうちゃん来たよ、久しぶりでごめんね。。。

と、心の中で念じた。


その夜も、一睡もできなかった。

朝5時前ぐらいか、息子の所でめざましが鳴った。

ようし、と言いながら息子が起き上がったようだった。

トイレに起きたふりをして、息子に話しかけた。

いつも、5時20分には出かけると言う。

そうなのかと、おどろいた。

息子は、俺が寝ころんで、もうろうとしているうちの出かけた。

何か、励ましてやれば良かったと後悔した。

そこで、、メッセージカードを置く事にした。

「がんばれ」と書こうとしたが、やめた。

「がんばってるね」と書いた。

続けて、「体に気をつけてな」と書いた。

それを、息子の枕の上に置いた。


おかあちゃんは、病院に行くと言う。

そして、いつもの散歩をすると言う。

散歩は、知り合いの古本屋で話し込む。

行きつけの喫茶店やパチンコに寄る。

その他いろいろで、なんと5時間にもなる。

意外と元気なんだなと思って、少し安心した。


おかあちゃんは、9時に出かける。

おかあちゃんから、電話があったら、俺が出かける。

あずかったカギをかけて、浅草寺で待ち合わせる。

そんな打ち合わせをした。

おかあちゃんから電話があるまで、寝転んでいた。

うつらうつらとまどろんだ時、電話があった。

2時の予定だったが、1時間早めたようだった。

俺は、急いで支度をして、荷物を持って出かけた。


おかあちゃんは、浅草寺の公衆便所の所で待っていた。

そこから、靴屋へ向かった。

俺のぼろぼろの革靴を見かねて、買ってくれると言う。

仲見世からちょっと曲がった所の靴屋に入った。

4600円の靴が、1500円で売っていたので買った。

それから、昼食に、回転すしで寿司を少しつまんだ。

しかし、睡眠不足のせいか、食欲が無く、3皿しか食えなかった。


寿司屋を出て、おかあちゃんに、お守りを渡された。

病気が治るようにという事だった。

ありがとう、と言った。

そして、体を気をつけてね、と言った。

おかあちゃんは、わかったよ、気をつけるよ、と言った。

じゃ、ということで、おかあちゃんと別れ、浅草駅の方へ歩きだした。

10mぐらい歩いた時、後ろを振り返った。

おかあちゃんが、雑踏の中から、俺を見送っているのが見えた。

また、一段と小さく見えた。

もう二度と、おかあちゃんに逢えないんじゃないか。

そんな思いが込み上げてきた。

そして、とてもセンチメンタルな気分になった。

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コメント

みのさんの文章は、やっぱり力があるよ、、日本語がステキと思う。
おかあさん、長生きされるように私も祈っています。
優しいお母さんみたい、そしてみのさんもお母さんを気遣ってて、
そして息子さんにつながってるのね。

みのさんどうしてるかなって考えていましたが、病院にも通ってがんばって闘っているんだなって本当に感心していますし、もう少しみのさんが生きやすいような制度は社会に何にもないものなのか、どうなのか。心が塞ぎます。
みのさんの、これまでのいくつかの文章をまとめることができたら、一番いいかなとか、そんなことも思っています。

私の認知症の父は、孫が何人いるかも誰かももうこんがらがっているのに、
自分は全くまともで,病院へ行く必要がない。薬も飲む必要がない。
ディサービスも行きたくない!と主張し、本当にうんざりな状態です。

また、長男は、落ち着いてはいるのですが引きこもりは改善しないです、しばらくはこうしてだらだらしていたいとか、他人を信じられないし、誰かと協力してする仕事は自分には向かないので仕事を見つけられないとか、うつより甘えが勝ってる感じがして、病院も行かないしもうお手上げです。
3年もしたら30歳なので、もう本人の人生で、私は何もできないのかなあ。

ごめんなさいね。あまり感じのいいニュースではないよね。
台風は大丈夫でしたか??
茅野市の地図を見てて,いろいろ昔を思い出して涙が流れてしまいました。sad

みのちゃん
とても心を動かされる記事でした。
私が勝手にみのちゃんや息子さん、そしてお母様の顔を作り上げては
朝の状況とか、お母様に見送られている状況を思い浮かべて
じ~~んとしてしまいました^^;

私も明日、茅野に寄ってから千葉に向かいます。
千葉の八街(やちまた)というところに義父のお墓があるのですが
昨年の初夏に義母を名古屋に迎えたので
岐阜のお骨もこちらに改葬することにしたのです。
義母は今年の秋で86歳になります。
いろいろ病気を抱えていますが一人暮らしを名古屋でしています。
義父が亡くなって20年以上も千葉で一人暮らしをしていたので
一人のほうが自由がきいて良いそうです。
それに例のマシンガントークは健在ですしね^^;

みのちゃんのお母様はお孫さんと一緒にいられて
きっと張り合いがあると思いますよ。
息子さんだっていつか必ず就職できますから!
こうして3世代のお話しを読んでいると
それぞれが一生懸命自分の人生を力強く歩んでいることが良く解りますし
この記事のおかげで、私の人生もそうなのだと改めて感じました。
ほんとにどうもありがと!

あ^^; 誤字発見^^;
岐阜 ⇒ 義父 でした

おはようございます。
昨日の台風大丈夫でしたか、
記事を読んでいたら何ででしょう泣きたくなってしまいました。
とっても優しい気持ちにさせてもらいました。

お母様のご長寿祈っています。

息子さんへの、頑張ってるねのメッセージ素敵ですね。
親子三代の優しさに幸せな時間をもらいました。

ルナさん、コメント、ありがとう。
文章をほめてくれて、うれしいです。

お父さんと息子さん、心配で大変ですね。
せめて、病院には行ってほしいですね。
そうすれば、ルナさんの気が、少しは楽になるのにと思います。

こごさん、コメント、ありがとう。
今頃は、千葉へ向かう道中なのかな。
俺も、息子の存在が、おかあちゃんの張り合いになってるだろうなと考えています。料理をするにしても、なんにしてもです。
息子の就職は心配です。のんきなもので、ちゃんと活動しているのかどうか。

nicoさん、コメント、ありがとう。
がんばってる息子に、がんばれはおかしいと思って、がんばってるねとしました。励まし方を工夫してみました。ほめてくれて、うれしいです。

みのちゃんの文章・・・しみじみと心にしみ込んできます。
なぜが、泣いてしまいます。
少ない言葉に精一杯の思いを感じます。

娘が、結婚することになって、私は一人になりました。
娘の病気のこと、やっぱり心配です。
相手の人には、もちろん話したそうですが・・言葉として知っているのと
実際知っているのとは大きな差があります。
でも、今まで何十年も別々に生きてきた二人が夫婦にあることが
そもそも知らないお互いを少しずつ知っていくことなのかもしれませんね。
私は私の生き方を考えなければなりません。

ゆりあさん、コメント、ありがとう。
まずは、娘さんのご結婚、おめでとう。
そうですね、時間がかかるかもしれないけど、
夫婦として、わかりあえていくと良いですね。

おかあちゃんは、いつまでも、おかあちゃんなんですね。
もう、うちは他界したけど、今更ながら、そう思います。
立派になった息子さんと逢えてよかったですね。
親は無くても子は育つ・・・らしいし・・・でも親はあることに越したことはないですね(笑)
浅草~長野ってどのくらい時間かかるんだろう?
また帰って行ったんですね。奥様が待ってるトコへ。
女子高生はきちんと”スパッツ”だか”レギンス”とか言うものを
はいてるから大丈夫ですよ(笑)

defさん、コメント、ありがとう。
諏訪から浅草は、たっぷり4時間以上かかりましたよ。
やっぱり遠いです。

defさん、コメント、ありがとう。
諏訪から浅草は、たっぷり4時間以上かかりましたよ。
やっぱり遠いです。

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