ジョン・レノンをしのぶ会。
俺は、東京の浅草で生まれました。
小学一年に上がる前に、父の父親、つまり祖父ですが、体の具合が悪くなってきたという事で、父の故郷の福島県の山あいの街へ引っ越しました。
そして、そこに、中学一年生までいたんです。
中学二年で、東京の浅草に戻り、転校しました。
週に一回、学年全員が講堂に集まって集会をするのですが、そこで、挨拶をさせられました。
俺は、その頃、すっかりズーズー弁で言葉が訛っていて、挨拶でも緊張して訛り丸出しで、失笑を買いました。
それ以来、「訛ってる奴」って言われるようになり、あまり相手にされない存在になりました。
それでも、声をかけてくれる友達が何人かいて、この友達を作るチャンスを逃すものかと思いました。
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声をかけてくれた友達の一人が、ビートルズって知ってるか?と訊くので、知らないと答えると、家に招待してくれました。
そして、ラジカセでビートルズの曲を聴かせてくれました。
俺は、英語の歌は全く興味が無く、百恵ちゃんが好きな少年でしたしねぇ、ビートルズを聴かされても、ピンと来ませんでした。
しかも、既に解散したグループだと教えられて、どうしてそんなものを聴いているのか、意味がわからなかったものです。
でも、その友達と仲良くなりたい一心で、興味があるふりをしたんです。
その後だって、友達と趣味を共有したくて、ラジオからビートルズの曲を録音したり、友達のカセットテープからダビングさせてもらったりしてね。
一所懸命、ビートルズの曲を集めて、一所懸命聴いてね。
友達と曲の感想を言い合って楽しみました。
おかげで、とても仲良しの友達になれました。
そして、いつしか、ビートルズの音楽が好きになって、曲集めを熱心に続け、レコードも買いました。
そして、中学を卒業する頃には、いっちょまえの自称ビートルズファンになっていました。
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高専に入学してからも、ビートルズ熱は冷めず、その事を家族は知ってるし、クラスでも吹聴し、自他共に認めるビートルズファンになりました。
ビートルズってどうなの?っていう友達がいれば、学校にラジカセを持って行き、曲を聴かせながら熱心に語って、そいつをビートルズファンに引き込んだりしてね。
そうでなくても、ビートルズが好きだって奴は、けっこう周りに多かったですけどね。
ある日、妹が、ジョン・レノンが死んだよって、いきなり俺に言ったんです。
そんなわけないって、妹に怒ったんですけどねぇ。
その後にテレビのニュースを見て、現実だってわかりました。
ジョン・レノンは、ビートルズのリーダー格の人なんですよ。
ビートルズ解散後は、平和運動を熱心にしながら、魂がこもったアルバムを発表していました。
奥さんの小野洋子さんとの間に息子が生まれた事を機会に、活動休止して主夫になったんです。
ジョン・レノンは、叔母さんに育てられて親の愛情を知りませんから、息子には精一杯親の愛情を与えたいと思ったんですかねぇ。
5年後、活動再開し、「ダブル・ファンタジー」っていう素敵なアルバムを発表して、これからという時でした。
俺は悲しかったですねぇ、ほんとに。
ビートルズが再結成されて、生で歌や演奏を聴きたいって思ってましたからね。
それに、常々、何もかもカッコいーと思える、あこがれの存在でしたから。
クラスの中では、熱を出して休む奴までいました。
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クラスの仲間と、ジョン・レノンをしのぶ会をやろうという事になったんです。
会場は、俺の家の俺の部屋です。
中間試験とか期末試験とかの前になると、俺の部屋にみんなが集まって一緒に勉強していたので、集まりやすかったんです。
6~7人、来たかな。
その頃、つまり1980年ですけど、ビールの樽缶が出た頃で、そそぎ口にアダプターを付けると、ぴよぴよって音がするヤツが、みんなのお気に入りでね。
ラジカセで、ビートルズの曲を流しながら、ビールをがぶがぶ飲んでました。
みんな二十歳になったばかりなんで、飲み方を知らないしねぇ、酔っ払いやすいし、大騒ぎになりました。
空になった樽缶で、頭を殴り合ったりしてね、アルミだから痛くないんだけど、へこんで角ができると、すごく痛いんです。
がしっ、痛えなぁ、おりゃ、がしっ、痛ぇ~ってな感じ。
時には、ラジカセから聞こえる曲に合わせて、みんなで歌ったりね。
こんなにビートルズが好きなんだって、みんなで言い合ったりしてね。
げらげら笑いながら騒いでいたら、「レット・イット・ビー」がなり始めてね。
そしたら、みんな一斉におとなしくなっちゃって、逆にしんみりしちゃって、涙を流し始めるやつがいたりして。
結局、全員泣きながら聴いてました。
「レット・イット・ビー」って、ジョン・レノンの曲じゃないのに、厳粛な感じにやられたな。
曲が終わって、ラジカセをストップして、ジョン・レノンの冥福を祈ろうということで、全員で手を合わせ、会をお開きにしました。
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あー懐かしい。
毎年、この時期、思い出す。
あいつら、どうしてるかな?
卒業後は、同窓会で一回会っただけだ。
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今日は、ジョン・レノンの命日でした。
彼をしのんで、曲を聴きます。
「スターティング・オーバー」
亡くなる前に出したアルバムに収録されていた曲。
ジョンが始まるんだあーって、ワクワクさせてくれた曲。
それから、「イマジン」
想像してごらん、戦争が無い世界を。
それと、「レット・イット・ビー」
落ち込んでたら、聖母マリア様が現れて言いました。
「なすがままに」
つまり、なるようになるよ~って事かな。
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